託せる想い






何故、私は此処に居る?

簡単だ。
『此処で守れ』と言われたから。


何故、私は此処に居る?

直感だ。
来る、そんな気がするから。




この過ちを、断ち切り得る存在が―――――――







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託せる想い
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私は、ここで待つ。
この上へ行こうとする者を。
自分は、それを防ぐ。
この砦の、隊長として。
いや、一人の竜人として。


(来たか…)


下が騒がしい。

悲鳴だ。

それも、数十人の。

絶叫だ。

勇敢に戦い、それでも散った男達の。

確信できる。



それを成す存在を、知っているから。





『貴様ら竜族なんぞに、伝説の剣が扱えるわけなかろう!!』

そう言って、目の前に立ちふさがった。

一人の、何と言う事もない、ただの年老いた人間が。

卑怯で、残忍で、慈悲も人情も、ましてや使命感などあるはずもないと、そう教わった人間が。

無謀にも、この私の目の前で。


『…何故、そこに居るのだ。』


思わず、聞いてしまっていた。
その人間は、怪訝な顔をするのも一瞬、こう答えた。

『…あの剣を託す者を招き入れる、それがワシの生きる全てじゃ。』


その後、その人間を殺し、太陽の剣をねじ伏せて我が物にした。
あの人間の言葉が、引っかかっていたが。










「…もう二階、か。思ったより早いな…」
悲鳴が、良く響くようになった。
それで、そう判断した。












『…隊長、砦が、落とされました…』
『!!』

魔王への、太陽の剣奪取の報告をするために塔に帰ってきた私への、我が娘の第一声が、それだった。


詳細を聞いて、さらに驚いた。

『…男…一人だったのか…?』

『えぇ…そうです…』

『お前も、負けたのか…』

『……』


私が居なかったとはいえ、一人であの砦を落とした人間に対する驚愕。

戦士として育て上げたはずの我が娘に対する、少しばかりの落胆。

だが、それ以上に感じていたのは、我が娘の生存に対する安堵だった。







何故争う?

そう思っていた。

こちらは、争いたくはない。

だが、相手が意思疎通を求めていない。

こちらも、ただ死にたいワケではない。

だから、こちらも出る。

だから、消さねばならない。

私たちが生き残るために。

今までずっと、そう納得させてきた。


『本当か?』





そんな疑問が浮かぶ。







『分かった。そっちも、手ぇ出したら暴れてやるぜ?』
親の、娘を庇う自己犠牲。

『ワシの使命は、あの剣を然るべき者に託す事じゃ。』
数十年間崩れる事の無かった、使命感。

私たちと同じ、感情がある。
そう感じたときに、揺らぎ始めていた。
魔王に、何より神に背く事など、自分には出来るはずも無いというのに。




「…来たか…」
そう言って、腰を上げる。

目の前には、男が居た。

異様なほど、強い負の力を漂わせて。


そして、その後ろに居るのは―――――――


「セタ…」
「父上…」




我が、愛する娘だった。


「そうか…お前はそちらにつくのだな。」
「…父上…そこを退くことは出来ませんか…?」
そう言った娘の顔は、少し悲しげだった。
もう、答えは分かっているのだろう。
「それは出来ない。
 私には、ここを守る任務があるのだ。」





「どけ。」
男が、娘の前に立ち、静かにそう言う。
その目には、明らかな憎悪が渦巻いている。
間違っても、娘が認める類の存在がしている目ではない。
何があったのか、そう思わせる目だ。


「もう一度言う。
 上のヤツに用がある。そこをどけ。」

全身から負のオーラを漂わせ、眼光鋭く憎悪が渦巻き、それを隠しもしない。
だが、口調だけは、静かだった。



自分は、動かない。
決して。
男は、剣を抜く。
大きく、しかしあの男の持っていたものよりも、美しい剣を。
鷲のようなフォルムを持つ剣を。
それを見て、私も剣を抜く。
あの、伝説の剣を。
薄れながらも、誇り高い輝きを放つ剣を。
あの人間から、奪った剣を。


「私は、太陽の剣、大地の鎧、大気の盾を持っている。
 それでもやるというのなら、遠慮なく掛かって来い。」


男は、何も答えない。
代わりに、剣を構える。
それを見て、私は覚悟する。
剣を構える。

私の娘も、構えた。

そして、交錯した―――――――――――














     #







「……さ…さすが…だ…」

レンガ造りの壁にもたれかかって、そう話しかける。

「父上、喋っては……!!」

もう、足に力は入らない。
腹からは、真っ赤な鮮血が溢れ続けていた。
それでも、男に話しかける。

「人間よ……名は…何という…」

男は、しばらく黙っていた。

「……マコト…」
「…マコト…か……よい名だ…」

動かない。
もう、死ぬのだろうか。
「マコト…
 神を…神を、とめ、ろ…!!」

自分が犯してきた過ち。


それすなわち、神の過ち。


そして、それを見て見ぬフリで従ってきた、やはり私の罪。



そして、それを正す事の出来る人間が此処に居る。

それが今、とても嬉しいのだ。



自分が死に行く事も、運命なのだろう。




だから今、一人の男に想いを託す。




自分の誇りと、疑問を。





あとは、娘が心残り。




「セタ…」
「父上…どうして…」



だが、心配する事は無いのだろう。


「強く、なったな…」
「!……ありがとう、ございます…父上…」






その涙は、彼女の強さの証なのだから。









「……」
「マコト、行こう…」
そう言って、立ち上がる。



階段を上る。


振り返る。

視界の先には、竜人が一匹。




いや、戦士の亡骸が一つ。










想いを託して、行ってしまった、一人の戦士。















その戦士は、とても穏やかな顔をしていた―――――――――





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初めてTEXT BBSで書いた、私のショート・ストーリー第一弾。
ずっとこの話を暖めていて、一ヶ月後にそのTEXT BBSで直に打ち込むという暴挙に出た、懐かしいものである。
直に打ち込んだ割には意外に皆様反応してくださって、ありがたいことこの上なかった覚えがある。
やはりセタ父は盲点だったかw



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